いま思えば窓際。。。だがしかし、

いまから21年も前の話を突然思い出しました。

私が大学を卒業して、銀行に就職したばかりのころのこと。

 

当時の私は銀行員になったものの、右も左も何も分からず。

1か月ほどの研修を終えて、支店に配属されたのですが、仕事がまったく面白くないわけです。

はじめに預金係で当座預金を担当するのですが、当座預金は企業に関わる預金で決済口座ですから、重要なわけ。

ですが、そんなことはまったく分からないものですから、とにかく仕事がこんなにつまらないものかと。。。

もうこれは我慢がならず、やる気も全く無い。

仕事なので、ある程度の事務処理は覚えるものの、面白くないからミスはするし、怒られるとまたムカつくわけです。

悪い循環ですよね、完全に。

 

支店長と次長がいたのですが、心が広い方だったのですが、見るに見かねて、預金係に席を置いたまま、預金業務をしなくて良いということになりました。

当時、その支店は開設70周年を迎えるほどの古い支店でしたので、あらゆる書類が山のように倉庫に押し込まれていたんですね。

そこで、仕事に一切やる気を出さない新入行員である私に「倉庫整理」という大役を任せることにしてくれました。

 

いま思えば、この「倉庫整理」という仕事は完全に「窓際扱い」ですよね。

だがしかし、私はもともと綺麗好きで、整理整頓は得意。限られたスペースに何をどう整理して、収納するのかは得意中の得意。

積み木やブロックが得意なのが役立つ感じですね、まさに。

この「窓際業務」の「倉庫整理」が毎日の日課になるのですが、朝はスーツを着て家を出るものの、銀行の支店に着けば、ジャージに着替えて、朝から晩までジャージで過ごすんですね。

この時は、銀行なんてどうでも良くなっていて、いつ辞めようかって感じでしたので、このジャージでいるのも何だか楽しい感じすらしていたかと思います。

気軽でいいですからね、スーツ着て、お客さんの前に出なくていいんですからね(笑)

 

整理整頓が得意な私はまるで「水を得た魚」。

山積みの書類を仕分けして、ごみはごみとして分類し、書類で残すべきだと思うものは一旦仮置き。

残すべき書類と捨てる書類、問題ありそうな書類などは事前にどんなものかを把握して、パッパと仕分けです。

書庫があるものの、収まりきらず、よくわからないデカい空間にも山積みでしたが、全部やるということでした。

朝から晩まで一人で書類の整理です。

完全に窓際に追い込まれていると思えますね。いま思えばね。

でも、この書類整理をバンバンやるし、仕上がりを綺麗にしていくし、年代別と種類別のように分けて、棚割りもしていくのを、支店長か次長かが見たんでしょうね。

それをどう評価したのかは知りません。

 

ただ、その倉庫整理をやってから、銀行の仕事の中身をいろいろと少しづつ分かるようになりました。

整理整頓するためには、書類のタイトルだけじゃなく、中身を読む必要もあるわけです。

時間はいくらでも自由がきく状態ですから、読もうと思えばじっくりと読む時間があるわけ。

それで、融資関係や不動産担保関係の古い書類やら何やらとたくさんの書類を読み込みました。

気になったものは覚えておいて、後でまた調べたりも。。。

 

その「倉庫整理」は数週間やっていたかと思います。

支店の人に会うのは朝礼夕礼のときとお昼ごはんのときだけ。

あとはジャージ着て、好きなように書類を整理していくのが仕事。

支店の人の中には、私が何をしているのか、どこにいるのかさえ分からない。

こういう窓際仕事も新入行員ではまあ中々経験しないのではないでしょうかね(笑)

 

そんな経験をして、銀行の仕事を少し分かりだしたものの、預金の仕事はつまらない。

そこはどうやっても変わらないんですね。

女性に囲まれているので、とてもやりにくいってのもありましたけど、別に女性は苦手でもないものの、女性の園のような中でやるのが気に入らない、って感じだったんでしょうかね。

 

で、また支店長と次長が配慮してくれて、数か月間、毎日朝から晩まで法務局でいることに。

法務局の閉鎖時間は5時なので、その手前まで法務局で過ごす。

何をしていたかといえば、土地建物の登記簿を閲覧して、担保設定のなされているものから、取引先になりそうなところを片っ端からピックアップして、それを営業に渡すというもの。

いまは閲覧することは出来ないんですが、昔は生きた登記簿をファイル毎閲覧できたんですね。

いまだとコンピュータ化前の閉鎖登記簿謄本の閲覧ができる?保存期限過ぎて、もうできないかな?

まあ、こんなことをやってたわけです。

これも考え方では「窓際」ですよね。

ただこの「窓際業務」も一人でやりますから、自由気ままなんですよね。

仕事しようがしまいが、それも自由なんですからね。

まあ、いま思っても、めちゃくちゃなものですよね。

 

だがしかし。

こういう経験をして、仕事をかなり理解するし、融資関係に妙に黒くなるわけです。

何が功を奏するのかは分からないこともあります。

入行1か月ほどで「あいつはもう辞めるだろう」ってヤツが窓際業務をやらされてるんです。

でも、そのお蔭で、妙に融資関係に詳しくなっていって、融資担当者になってから、また水を得た魚のようにやる気を出すんですからね。

 

人生ってのは、いまも振り返れば、無駄なように思えても、何か役に立っているものですね。

置かれた状況で何を考えて、それをどう楽しむかで、得るものの大きさは変わるのでしょうかね。

 

私はこの後、トンデモナイというか銀行の事例をぶっ壊すような人事異動を経験するのですね。

で、最年少記録のようなものを結構叩き出していくんですが、結局銀行は9年目で辞めるんですね。

短い銀行員時代でしたけど、恐らくは普通に銀行員が長年をかけて経験するようなことを経験したかと思います。

その経験さえも、今も役に立っている。

 

まあほんと、経験はしてみるものです。

とは言いながら、まだまだ私も経験が足りないんでしょうけど。

 

そうそう、私、若いころはかなり短気でした。

銀行もいつでも辞めてやろう!って思ってました。

我慢する必要なんか無いって開き直っていたので、短気とはいえ、切れることは少なかったような。。。

(友人に言わせると、かなりヤバイ銀行員だったでしょうし、すぐ切れるヤツだったでしょうが。。。)

まあ、何を言いたいかというと、「いざ腹をくくってしまえば、仕事で短気を起こしにくくなり、案外と楽しめる」ものだということです。

それと「無駄な経験は無い」ものです、ということ。

 

こんなヤツがいまじゃ経営コンサルタントとか中小企業診断士ってんですからね。

笑っちゃいますよね~

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